資料2
絵はがき「摂津摩耶山参拝ケーブルカー」、摩耶鋼索鉄道株式会社
前回に引き続きケーブル会社による絵はがき集。こちらの構成は8枚組であ り、前回に紹介したものも6枚ではなかった可能性もある。発行年代はやはり不明だが、表紙右側に(20)という番号が記載されている。前シリーズの表紙 には(10)と記載されていることから、今回の方が年代的に新しいとも考えられる。内容は基本的には同じである。
このはがきは次のはがき(其二)と切れ目付きで連続している。ここでは分割して紹介する。
「最高峰」といいながら天上寺の森は同所とそれほど高度差がないように感じられる。実際には少し下った場所か、あるいは単にそう見える構図で撮影されただけかもしれない。ただもし頂上部ならば、戦時中の高射砲陣地(現在の掬星台)造成前の状況ということになる。
ここに確認できる阪急電車(赤線)の神戸線が三宮に乗り入れていない(おそらく上筒井)。よってこれは同線が三宮に乗り入れた1936年4月以前の状態と考えられる。
2008年4月10日木曜日
2008年4月9日水曜日
摩耶山および摩耶観光ホテル関連資料1
資料1
絵はがき「摂津摩耶山参拝ケーブルカー(御土産)」、摩耶鋼索鉄道株式会社摩耶高尾駅構内売店
ケーブル会社が発行した絵はがき集。構成は6枚組で、タイトル通りケーブルと天上寺を中心にしているが、1・2枚欠落している場合や別のシリーズから入れられた可能性もある。現存する6枚には、残念ながら摩耶山温泉ホテル(マヤカン)は登場しないが、関連資料として紹介する。発行年代は不明。マヤカンがなしということで、発行は1929(昭和4)年11月以前とも想定される。

絵はがき「摂津摩耶山参拝ケーブルカー(御土産)」、摩耶鋼索鉄道株式会社摩耶高尾駅構内売店
ケーブル会社が発行した絵はがき集。構成は6枚組で、タイトル通りケーブルと天上寺を中心にしているが、1・2枚欠落している場合や別のシリーズから入れられた可能性もある。現存する6枚には、残念ながら摩耶山温泉ホテル(マヤカン)は登場しないが、関連資料として紹介する。発行年代は不明。マヤカンがなしということで、発行は1929(昭和4)年11月以前とも想定される。

絵はがき2 ケーブルカー高尾山隧道内光景
このはがきのみ、英文が記載されていない。別シリーズの可能性も想定される。
このはがきは、前のものと内容的に重複している。やはり別シリーズの可能性が想定される。
天上寺は1976(昭和51)年1月に火災に遭い、本堂・多宝塔等、主要堂宇が全焼し、80年代以降に摩耶山頂部(奥摩耶)付近の摩耶山別山(伝承によれば天上寺発祥の地)に移動して再建された。残された旧境内は、「摩耶山史跡公園」となって、礎石などが残されている。
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